性奴隷|大人の恋愛用語事典
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【性奴隷】
(せいどれい)
性奴隷(せいどれい)とは、夫婦や恋人等のパートナー関係において、一方から意に反した性行為を強要されて義務的にセックスに応じる他方のことをいう。
この他方(=性奴隷)には、男性がなるケースは少なく、女性がなるケースがほとんどである。
発生要因
性奴隷が発生する要因は、夫婦や恋人等のパートナーのうちの1人だけが、
「パートナー関係であれば相手の意に反してでも相手にセックスを強要しても構わない(=付き合っていれば、セックスしたい時にさせるのが当然)」
という考え方を固持していることである。
こうした考え方を固持している者のことを、以下、「飼い主」という。
飼い主は、夫婦関係や恋人等の同棲関係について、
「結婚や恋人関係は、お互いに、拒否権無しの無償セックス請求権を付与する契約である」
という考えを内心で持っている場合が多い。
なお、人が飼い主に成長してしまう原因、飼い主の恋愛特性、飼い主の判別方法については、説明が非常に長くなるので、ここでは省略する。
「性奴隷」であり続けることによるリスク
「飼い主から意に反したセックスを強要されること」については、嫌だと思う人が大半ではあるが、中には好む人もいる。例えば、飼い主からのセックスの強要が「自分には性的魅力がある」という自信になる人もいるからである。
また、「飼い主に対して義務的にセックスに応じること」についても、嫌だと思う人が大半ではあるが、中には好む人もいる。例えば、義務的かどうかにかかわらず、セックスによって体を重ねた結果、「自分は愛されている」という自信を持つ人もいるからである。
よって、「一方が飼い主で他方が性奴隷」というパートナー関係は、このような関係を性奴隷としての他方が望んでいるのであれば、この関係を継続しても性奴隷側に心のリスクは生じない。
但し、性奴隷としての他方が、このような関係を望んでいないにもかかわらず性奴隷を続ける場合には、この他方の行為は、いわゆる「性のおつとめ」と評価される。即ち、「性のおつとめ」において、性奴隷は、飼い主からの性行為の求めに応じて、飼い主に対し、恋愛感情なき打算によるセックスを提供するのである。
この「性のおつとめ」が、夫婦や同棲している恋人等の同居のパートナー関係において継続的になされた場合には、後に、自我や相手の崩壊という心のリスクが生じ得る。このリスクの内容詳細については、大人の恋愛用語事典の「おつとめ」の説明を参照されたい。
「性のおつとめ」とは
性奴隷側のどのような行為が、自我や相手の崩壊をもたらす「性のおつとめ」に該当するのか?
このことについて、以下、大人の恋愛用語事典の「おつとめ」の記載を引用しつつ、説明する。以下の表1は、「おつとめ」の要件をコンパクトにまとめたものである。
「性のおつとめ」に該当するためには、同居のパートナー関係が飼い主と性奴隷の組み合わせであり、かつ、性奴隷側が表1の赤字部の判断結果、飼い主側が表1の青字部の判断結果を具備している必要がある。
一般的に「性のおつとめ」に該当するかどうかの分かれ目になり易いのが、要件4に関する判断結果である。
つまり、「性奴隷が、飼い主に対する恋愛感情が無く、打算でパートナー関係を継続しているにもかかわらず、飼い主と、したくもないセックスをする(要件1~3)」という同居のパートナー関係は、世間一般において、それほど珍しいものではない。これだけでは、「性のおつとめ」には該当しない。
これに加えて、性奴隷が、打算により飼い主とのパートナー関係を継続するために、飼い主とのセックスにおいて、あたかも自分が飼い主のことを好きであるかのように飼い主を欺くような振る舞いをしているような場合(要件4)には、「性のおつとめ」に該当する。
「性のおつとめ」をしている性奴隷に特有の傾向
既述したように、性のおつとめが同居のパートナー関係において継続的になされた場合、後に「自我や相手の崩壊」というリスクが生じ得る。このリスクは、性に限らず、「おつとめ」という行為一般に当て嵌まるものである。
性のおつとめには、このリスク以外にも、継続による特有のリスクがある。それは、「性のおつとめが継続されるほど、性奴隷側が浮気や不倫に走りやすくなる」というものである。
誤解防止のために再言するが、
「性奴隷は、浮気や不倫に走りやすい」ということではなく、
「性奴隷のうちで性のおつとめを継続している人は、浮気や不倫に走りやすい」という意味である。
その理由は、性奴隷という立場で性のおつとめを継続するほど、性奴隷側には、「相手のことを好きでもないのに無理してセックスして相手を喜ばせようとしている抑圧と自己矛盾の現実から、自身を解放したい」という願望が高まるからである。
そして、こうした「抑圧と自己矛盾の現実」を生み出してしまう主要因は、飼い主側ではなく、「性奴隷のうちで性のおつとめを継続している人」の側にある。このような人は、「相手から良く思われたい(悪く思われたくない)」という価値観が人一倍強く、そのために“自分の我慢”を“自分の美徳”と評価しやすいからである。
飼い主の心の崩壊をもたらす事例
飼い主と性奴隷の組み合わせである同居のパートナー関係において、性奴隷側が浮気や不倫に走った場合に、浮気や不倫の相手と飼い主の双方を巻き込んだ泥沼状態となり、飼い主側が、気が狂ったように暴れ、その末に人間不信になってしまう・・・これは、大人の恋愛の場面においてよくある事例である。
こうした事例では、「性奴隷側が、浮気や不倫に走る前に、飼い主に対し、性のおつとめを相当期間継続していた」という事実を備えている場合が多い。
また、こうした事例では、性奴隷側が、「浮気や不倫に走った原因を追究してくる飼い主の面前では、浮気や不倫に走ったのは、自分のせいでも飼い主のせいでもなく、浮気相手や不倫相手のせいにする一方、浮気相手や不倫相手の面前では、飼い主に対する不満を露わにする」という二重人格的、八方美人的な対応をしている場合が多い。
飼い主が、普段のペットの素振りから「ペットは自分に忠誠している」と思っていたのに、そのペットが突然に他の飼い主を選び、自分の下から去っていった・・・
この時に飼い主が受けたショックは相当に大きなものであることは、飼い主の立場になってみれば、容易に想像することができるであろう。
おわりに
以上のことから、
「相手の性奴隷になりたくないにも拘わらず、性奴隷として性のおつとめを継続することは、客観的に見れば何の美徳もなく、将来の自分にとっても相手にとっても、百害あって一利なし」
と言うことができる。
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